先日から、清滝団地から見える電通大学の森に、ニセアカシヤと思われる白い花が満開です。日本名では「はりえんじゅ」。ただ、えんじゅとそっくりですので、槐かも知れません。「ニセアカシヤ」の言葉には、青春時代の甘酸っぱい匂いが着いています。それは愛読した五木寛之の【内灘夫人】の中で「さようなら、私の内灘。私の青春」という霧子の言葉。戦後に金沢市の海岸にある、ニセアカシヤ林が拡がる内灘海岸で実際にあった米軍演習反対運動のことはよく知りませんが、学生運動に青春を掛けた多くの青年たちのシンボル的な場所だったようです。僕の大学一年のときは70年安保の4年後か。まだ大学構内では赤ヘル軍団がデモをしていました。関学は全学戦線と言ったと思います。僕たちも学費値上げ反対闘争でデモに参加し、現れた機動隊に腰を抜かして一目散に逃げたことが懐かしい。デモの後は決まって雀荘で牌を摘まんでいた青春。懐かしいなぁ。
写真は次のサイトから借用しました。
http://www.hana300.com/
ニセアカシヤか槐(えんじゅ)が電通大学の森で満開です。
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