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「人を守ってこそ自分も守れる。己の事ばかり考える奴は、己をも滅ぼす奴だ!」〔七人の侍より〕

七人の侍1

黒澤明の名作「七人の侍」の一シーンをご紹介する。
野武士との決戦を前にして、百姓の茂助たちが「自分の家を捨てて他人の家を守るわけにはいかない」と竹槍を捨てて逃げようとしたとき、七人の侍を率いる勘兵衛(志村喬)は、「人を守ってこそ自分も守れる。己の事ばかり考える奴は、己をも滅ぼす奴だ!」と毅然と言い放ち、百姓たちに竹槍を取らせ整列させて戦いの覚悟を教えたのだ。

七人の侍2 七人の侍3

集団的自衛権の行使容認について、一部の政党は否定的であり、紛争の多くは警察権で対処出来ると言っているようだ。ここでいう警察権に対応する権力と言えば内閣総理大臣に所属する自衛隊を指すのだろう。こういった議論がなされるとき、外国では警察権と軍隊となるのが当たり前だ。国内でも尖閣などの問題に対して、警察権で事足りるという議論の前提として軍=自衛隊の図式があるのは間違いない。ところで自衛隊は軍隊か?外国から見て自衛隊は立派な軍隊、規模・装備・統制力から見ても、むしろ世界でも精鋭の軍隊であろう。然し多くの日本人は自衛隊は軍隊ではないと言う。「自衛軍」と言う名前にさえアレルギーを起こす。さらに尖閣は中国の領土だと言い張る中国にとって、そのような議論は「ならば中国領である尖閣で中国は警察権を執行する」と言える論拠をわざわざ進呈していることなのに一国平和主義たちは目をつぶる。
田中角栄のときに日中友好が実現できた裏には大きな民間の力があったことは賞賛できる。また周恩来という偉人がいて中共内で反対する勢力を抑え、一切の賠償権の放棄と引き換えに日本から巨額の無償援助を得ることによって現在の繁栄する中国の礎を築いたのだ。
しかし上海閥の江沢民になってから、経済発展に伴う経済格差の拡大や汚職の蔓延に対する市民の不満が爆発しそうになるのを防ぐため、反日を全面に打ち出し、国民の心の統制を計ろうとし出した。学校では徹底した反日教育が施され、事実無根の日本軍の悪逆が刷り込まれて行った。
南京大虐殺でも然り。日本軍は30万人を殺したと内外に吹聴するが、南京に滞在した西洋人宣教師の記録などから当時の南京の人口は10万人しかなかったことがはっきりしている。その頃の中国は軍閥が割拠し、人民は略奪され続け疲弊の極みにあった。日本軍が南京に入城して1年後には人口が倍の20万人になったと記録されている。皆殺しにされた恐ろしい南京に、新たに20万人が一年で移住して来ようか。おそらくは無秩序な略奪に晒されていた南京が統制のとれた日本軍の進駐によって軍閥が退去し、地域の安全が保たれるようになったからこそ、人々は南京に移住してきたというのが事実である。

この数十年で中国は大きく変わったのだ。と言うよりは本性をむき出しにして来たとするのが正しい。チベットやウイグルを力づくで掠め取り、南シナ海は全部中国のものだと傍若無人。経済援助の名目で進出したアフリカでは宗主国が如き振る舞いで嫌われている。何も安倍政権になったから始まったわけではない。この現実を直視して、日米同盟による集団的自衛権を行使すると明言することによって抑止力が担保される。集団的自衛権が行使されるとうことはアメリカが攻撃されたら地球の裏側まで自衛隊が戦争に出かけて行くと所謂平和主義者は騒ぎ立てるが、笑止千万。日本の領土・国民が危機に及んだときのみを今議論しているのである。
スイスには徴兵制を伴った軍隊がある。永世中立国を標榜し独立と平和を守るためにはそれを担保する力が必要なことを実践している良い見本があるではないか。軍を持つスイスに攻め込んだ国があるか、スイスがどこかの国を侵略したことがあるか。日本の左翼はぬけぬけと「共産圏の核は平和の核で、アメリカや西洋の核は戦争するための核だ」とほざいて来た。その頭は未だに腐ったままだ。
竹槍をも自ら捨てようとする国に未来は無い。今一度「七人の侍」をご覧頂くことをお勧めする。ヒューマニティーとは如何なる物なのか、この映画は教えてくれる。

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