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後醍醐天皇の第一子、尊良親王のお墓~永観堂~哲学の道・晴明神社・白峰神社

今、「皇子たちの南北朝」を読んでいる。後醍醐天皇の子供たちが、後醍醐天皇の分身としてどの様な運命を辿ったかに焦点を当てたものだ。護良〔もりよし〕親王〔昔はもりなが、と読んでいた人が多かった〕の名前は良く知っていたが、大勢の子供たちが父を助け戦ったことを知った。先ず、後醍醐天皇の長男は尊良〔たかよし〕親王とおっしゃり、母は歌道界の大御所=権大納言二条為世の娘・為子であったそうだ。27歳の時に越前金崎城の戦いで散華されたとある。〔思い出したのだが、宮本武蔵が吉岡一門と決闘したことで有名な一乗寺下り松には、決闘を伝える碑文の横に隣接して立派な『大楠公戦陣蹟』碑があった。一度、ご覧頂きたいと思う〕

墓所を調べてみると岡崎公園から東へ1キロとあったので、昨日、爽やかな五月の風と抜けるような青空に誘われて、京阪電車・市バスを乗り継いで墓参した。宮内庁管理によるこじんまりした清潔な墓所だった。ご冥福をお祈りをしたあと、折角なので、すぐ近くの永観堂を訪れた。この寺のご本尊は「見返り阿弥陀像」として非常に有名だ。衆生を深く思し召されて振り返りながら救済を続けるお姿を映したものと言う。また、境内は紅葉ならぬ新緑のもみじに埋め尽くされる素晴らしい景観だった。

寺を出て北へ向かうと「哲学の道」に出た。京大で教えておられた西田幾多郎先生が思索をしながら逍遥された川沿いの小道であり、栄観堂付近から銀閣寺まで1キロ半ほど続いている。ここを歩くのは実に44年ぶりだ。越し方半生を思い起こしながら銀閣寺道まで歩いた。西洋人が大変多かった。そのあとバスで今出川堀川まで行って、大陰陽師安部晴明を祀る晴明神社と、非業の死を遂げられた崇徳上皇の魂を祀る白峰神社に参拝して帰途に就いた。

〔見返り阿弥陀像の写真はネットから拝借〕

 

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