元気モリモリもりもっちゃん・四條畷市会議員/森本勉公式サイト

アカシアの花が咲き出しました。

一気に暖かくなりました。玄関のハンギングバスケットの花も植え替えて、明るい日差しの中で喜んでいるように見えます。自宅のアカシアの木に黄色い可憐な花が咲き出しました。

この季節になりますとつい口ずさんでしまう詩の一説があります。

古人(こじん)()洛城(らくじょう)の東に無く
今人(きんじん)()た対す落花の風
年年歳歳花相似たり
歳歳年年人同じからず
(げん)()す全盛の紅顔の子
(まさ)(あわ)れむべし 半死の白頭翁(はくとうおう

唐代の詩人、(りゅう)希夷(きい)白頭(はくとう)を悲しむ(おきな)()わりて」より

この、年年歳歳花花相似たり 歳歳年年人同じからず の句は日本人に広く知られたものですね。僕はこの国触れると、鴨長明の方丈記を連想します。そして、小林秀雄の、無常と言うこと、にと連想は繋がって行きます。春ですね。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。世の中にある人と、栖(すみか)とまたかくのごとし。

たましきの都のうちに、棟を並べ、甍(いらか)を争へる、高き、いやしき、人の住ひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ねれば、昔ありし家は稀(まれ)なり。或は去年(こぞ)焼けて、今年作れり。或は大家(おほいへ)亡びて小家(こいへ)となる。住む人もこれに同じ。所も変らず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が中(うち)に、わづかにひとりふたりなり。朝(あした)に死に、夕(ゆふべ)に生るるならひ、ただ水の泡にぞ似たりける。

知らず、生れ死ぬる人、何方(いずかた)より来たりて、何方へか去る。また知らず、仮の宿り、誰(た)が為にか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。その主と栖と、無常を争ふさま、いはばあさがほの露に異ならず。或は露落ちて花残れり。残るといへども朝日に枯れぬ。或は花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕を待つ事なし。

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