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超安易な「〒575=俳句の町・四條畷」 風土・歴史・思想がベースに無い噴飯物 歳時記が1冊しか無い四條畷市役所

四條畷の郵便番号が575だから、「俳句の町・四條畷」らしい。これは以前の職員提案から始まったと聞く。ところで皆さんに質問① 俳句には基本的に季語が必要ですが、その季語を説明する「歳時記」は四條畷市役所に何冊あるでしょうか? 答えは1冊です! この問題を4年前に取り上げた時も1冊でした。おフザケあらせられるな。この前の委員会で、日常的に俳句に親しんでいる人はいますか?と聞いたら誰一人手を上げなかった。

さて、なぜ松山市で俳句が盛んなのか? 正岡子規の存在無しには説明できないだろう。なぜ伊賀上野で俳句が盛んなのか? 松尾芭蕉との関係性抜きには語れまい。言うまでも無く、俳句は非常に高度な文芸であり、しかも近代俳句は俳諧から脱却して、万葉集に見られる素直な感動と表現に回帰しようとした血と汗に滲んだものなのだ。

僕は議会で言った。郵便番号が575だから俳句をやれ、と言うならば、郵便番号が777ならパチンコをやれと言うのか!と。因みに777は徳島県美馬市だ。四国三郎吉野川・阿波藍・うだつの町並みで非常に有名な町で、僕も訪れたことがあるが豊かな自然に囲まれた素晴らしい街だ。777だからギャンブルをやれとは聞いたことが無い。この郵便番号575のノリは、この程度の下らない比喩に基づいているから、僕はやめようよと言っている。少なくとも「ほんまもん」では無いのだ。百歩譲っても、575=俳句、は、僕の感性では到底容認できない愚かな思考だ。

僕がしばしば目を通す愛読書に鳥越憲三郎著「歳時記の系譜」〔毎日新聞刊〕がある。どれほど日本人の生活が太陰暦と共に成り立ってきたのかが良くわかる。また、中国暦や太陽暦との関係で「歳時記」そのものの多様性、太陽暦で旧来の伝統行事を行おうとする欺瞞性など、教えられることは山ほどある。このような基本的な知識・教養が無い限り、俳句による文芸表現は不可能だろう。ある席で、575以外にも自由句があるからもっとハードルが下がる、とノタマった議員がいたが、びっくり仰天、椅子から転げ落ちそうになった。575を乗り越えて自己表現を追及したいと言うまさに血の滲む努力の末にあるのが自由律句なのだ。このような程度の認識では、到底、種田山頭火の句を理解することなど不可能だと言える。

質問② あさがおは、どの季節の季語ですか? 答えは「秋」。なぜ夏休みに我々を楽しませてくれるコスモスが秋の季語なのでしょう? それは旧暦の二十四節季に基づいているからなのですね。高校野球の甲子園・終戦記念日なども秋の季語。西瓜・枝豆もそうです。

ついでに言うが、今では国民の休日が毎年あっちこっちと移動する。ハッピーマンデーだか知らないが、この国は己のもつ悠久の歴史やその時々の民族の活動については本当に敬意を表さない三等国に成り下がってしまった。体育の日は東京オリンピックの開催された歴史的な日=10月10日なのだ。成人の日は1月15日なんだ。そのエエ加減な思想の延長が575=俳句、という如何にも官僚の考えそうな安直な強制となっている。

575と言えば、川柳もあれば標語もある。子供から高齢者まで、それ以外のルールに縛られない自由で豊かな表現の世界がそこにあるのに、歳時記も1冊しかないような市役所、歳時記を読む習慣があるとは到底思えないような議員が575=俳句の町・四條畷、を絶賛する滑稽さ。所詮ど素人の妄言の極みだなぁ。

 

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