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「楠公ストーリー」日本遺産認定へ。楠正行公ゆかりの吉野の如意輪寺ほか

河内長野市が主導するかたちで、四條畷市など計8市町村が連携して、楠正成・正行親子ストーリーの日本遺産認定を目指す動きが加速している。そこで今まで未訪問だった吉野の如意輪寺を訪ねた。

延喜年間の創建。南北朝時代には吉野に行宮を定めた勅願所とされたが、後醍醐天皇が失意のままに崩御されて、寺の裏山に葬られた。

正平2年〔1346年〕正行公が最終決戦の四條畷の戦いに出陣なさるにあたり、如意輪寺に一族郎党と共に来て、後醍醐天皇陵に詣でた。そしてその後、髻〔もとどり〕=髪を頭の上で集めて束ねた所、または、その髪=を切って仏前に備えた。それから本堂の扉に鏃〔やじり〕で、辞世の句を刻み込んだ後に出撃して行かれたのだ。

【かへらじとかねて思へば梓弓なき数に入る名をぞとどむる】

宝物殿にこの扉が残されていて観る事が出来た。この辞世の句は僕の親の世代なら大抵はそらで言えるのではないか。決然とした覚悟のうちに死を免れぬ悲しみを感じるのは僕だけだろうか。知覧で見た幾多の特攻戦士の遺書に重なって見えて、思わず涙が出てきた。

後醍醐天皇陵に参拝してから、車で4キロほど上に登ったところにある、「義経の隠れ堂」「金峯神社」「西行庵」を巡り、最後は金峯山寺の蔵王堂に参拝して帰途に着いた。わが四條畷まで正行公の御霊とご一緒に戻るが如き錯覚を覚えた。

 

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