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漱石没後100周年。こころと房総半島

今年は夏目漱石没後100周年になる。漱石は大正5年12月9日に、わずか49歳10ヶ月でこの世を去った。その短い生涯に残された偉大な軌跡に比べ、歳ばかり食って何ら世に残せるものも無い己の情けなさよ。閑話休題 僕の生涯で最もよく読んだ作家は漱石に違いない。

漱石の作品中でも「こころ」は教科書にも採用されて来たから馴染み深い人も多かろう。その中に、「わたくしとKの2人」が房総半島に遊ぶ描写がある。

さて僕は今から43年前、大学1年の夏に「こころ」に惹かれ、友人を誘って二人で房総半島を歩いたことがある。8月に入ったちょうど今頃だった。三浦半島の久里浜まで電車で行って、そこから対岸の浜金谷まで渡った。実際に漱石の経験によれば、舟で保田に着いて、そこから半月余りの房総半島の旅を楽しんだそうだ。浜金谷はその保田町に隣接する港である。僕と友人は真夏の房総半島をリュックを背負いながら歩き出した。海岸伝いに歩いて、漱石を偲んだものだ。

そして更に、漱石が向わなかった最南端を目指して歩き続けた。館山から洲崎灯台、最南端の野島崎灯台と進み、白浜海岸から千倉海岸へと、今も目に浮かぶ美しいビーチを、汗まみれで歩いた。夜は海岸で歌を歌って過ごした。ちょうど、沢田研二の「君をのせて」が流行っていた頃。 ♪ 風に向いながら 皮の靴をはいて 肩と肩をぶつけながら 遠い道を歩く ♪ 岩谷時子作詞 宮川泰作曲 名作だ。

安房小湊まで来た時に、友人が腎臓に変調を来たし、足が浮腫んで来たものだから、彼はそこから列車で帰阪。僕は一人で外房線に沿って、勝浦・御宿・大原から九十九里浜に出た。海岸沿いを北上。遂に銚子の犬吠岬にたどりついた。何日掛かったのかはもう覚えていない。灯台下の浜茶屋で食べたスイカは格別だった。八代亜紀の「なみだ恋」が有線から流れていたなぁ。♪ 夜の新宿 裏通り 肩を寄せ合う 通り雨 ♪ 何でそんなことを覚えているのだろうか。昨日の晩飯も何を喰ったか忘れそうになるのに。

だから今では房総半島と言うと、夏目漱石よりも八代亜紀を思い出す。来年は漱石生誕150周年になる。ボキャブラリーの少なさを嘆く毎日、今更ながら、漱石を読み返そうと思う。僕の書架には漱石全集があって、埃をかぶって恨めしそうにこっちを見ている。

souseki kokoro natsume 洲崎灯台 千倉海岸 犬吠埼灯台

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