元気モリモリもりもっちゃん・四條畷市会議員/森本勉公式サイト

曽祖父50回忌

先日、母の実家で僕から見ての曽祖父50回忌法要が営まれ、病弱の両親に代わって出席させて頂いた。親類の人たちとで、しばし昔の思い出話に花を咲かせた。

母の実家は奈良県御所市にあるJR掖上〔わきがみ〕駅から田園の中を10分ほど歩いたところにある。駅を出て線路を渡ると右に国見山が見える。神武天皇がこの山に御登りになられて国見をされた場所と伝えられ、近くには日本武尊〔やまとたけるのみこと〕白鳥陵がある。このあたり一体には欠史八代の内の、孝昭天皇・孝安天皇が散在する地域で、東の葛城山の中腹には高天原という地名があってお宮さんも現存する。大和王朝に先立つ葛城王朝伝説もあり、僕的には邪馬台国発祥の地と思っている。

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昔は一の蔵・二の蔵・三の蔵まであったそうで、多くの田畑を所有すると同時に両替商・質屋をも営んでいて、その名残に近在で最も古く伏見稲荷から正一位を授与されている稲荷社を庭内に祀ってあって、その祠の中には金を貸した証文が山となって残っている。

僕が子供の頃はまだ藁葺きの大きな屋敷で、近在の人たちが総出で屋根の藁の葺き替えをしておられたのを覚えている。江戸初期の建造だった古屋敷だったが市の重要文化財に指定されそうになったそうだ。そうなると一切住居を好きに改築も出来なくなるため、涙を呑んで解体したと聞く。昔からその家の大黒柱の底近辺には小判を埋めた壷が幾つも埋めてあるとの伝説があったそうだ。解体のときに見るとその辺りは掘り返されていたそうで、ご先祖の中のどなたかが掘り出してしまっていたのかと大笑いになったそうである。

さて、「江戸時代からこの街に住んでます」と自分のホームページに書いて自慢していた政治家がどこかの街にいたが、たかが江戸時代、それがどうした。またそういう者は往々にして、新しく来た人たちを余所者扱いするのだ。平成の御世にまともな指導者に成れる筈もない。世の中には古い古い家系もあまた存在するのだし、江戸時代にあって百姓にして苗字を持った家柄も今に続いているのだ。更に言えば、古きを以って尊しと為すのは骨董品の部類程度のことで、まさしく「山高きが故に尊からず」、その人の知性こそが人として最も評価の対象となると思う。古い家に生まれても勉強をせずしては尊敬もされまい。大地主は農地解放で多くを失ったが、お金があったことで高等教育を受けることが可能だったことから、没落後も中央官吏や医師・学者などになった人が多い。僕はむしろ貧に生じながらも奮励努力し、身を立てたひとを尊敬する。それは学歴などという陳腐なものとは関係なく、一芸を磨き続けて自ずと他者から尊崇される人のことを言う。以って瞑すべし。

森本勉市政事務所

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