元気モリモリもりもっちゃん・四條畷市会議員/森本勉公式サイト

「学校規模適正化と小学校の統廃合問題について」

(学校規模適正化、校区再編、安全対策に関する決議に至る経緯について)

この問題は、東小学校・南小学校の生徒数が減少し、文科省の定める適正な規模の維持ができなくなる(例・1学年1クラスしか編成できないなど)状態を解消し、良好な教育環境を保持するために、両校を統合しようとすることから始まったものである。

議会に於いては既に平成19年11月の決算特別委員会で共産党の阿部議員から、慎重な計画推進を求める意見が出されている。

決議に至る経緯・議会での審議過程

その後、20年11月決算特別委員会(土井委員長)の時、この問題について大川議員の質問に対し、教育長は「東小・南小の統廃合は避けて通れない、4~5年先を見越して来年度から検討に入る」と明確な答弁を許す結果となっている。その後

  1. 20年12月定例本議会(阿部議員の一般質問)、
  2. 21年3月予算特別委員会(空地・長畑良議員による質疑)、
  3. 23年3月定例本会議(大川議員の代表質問)、
  4. 23年3月予算特別委員会(岸田議員の質疑)

で、それぞれ取り上げられ、各自が統廃合についての問題点を指摘し危惧を述べている。

しかし残念ながら統廃合をした場合、具体的にどこを廃止するのか、通学路の安全はどうするのか、遠距離通学になる年少児をどうするのかなどについて、踏み込んだ議論がなされた形跡がない。

また、教育委員会も、統合した時の通学路の安全対策をどうするのかなど多くの点について調査や研究を怠り、東小を廃止するとの前提に立った実地調査は本年4月に保護者等から不安の声が湧き上がるまで何も行われていなかったことが分かった。

本職が昨年6月定例議会から本格的に議員活動を開始したが、その頃でも議会の関心は決して深いものであるとは言えない印象であった。

また、これは自身の不明を詫びなければならないが、教育委員会・市長部局が東小廃止ありきで強引に進めようとしている事態に対する認識も甘かったことを率直に認めるものである。

さて、昨23年11月に議会全員協議会が開催され、同月に教育委員会において決定された「学校規模適正化基本方針」なるものの説明を受け、校区再編3案と統廃合1案の計4案の提示があり、条例に基づく「学校適正配置審議会」に諮問することが示された。

内容は、いずれも机上の空論としか言いようのない、市民不在の恣意的な数合わせのものであり、教育長とも意見交換を何度もしたが、この時点に於いては、審議会に於いて議論を深め、その先に時間をかけて検討を更に進めるものと私は解釈し、条例に基づく審議会を尊重しなければならないとの立場をとったものである。

しかるに審議会が開催されていく間に、既に市教委が最も誘導したかった案は、

  1. 東小を廃止し南小に統合する。
  2. 現在南小に通っている美田地域の児童をくすのき小へ、
  3. 岡部小に通っている西中野地区のうち岡部川以南の児童をくすのき小へ、
  4. くすのき小に通っている雁屋南・雁屋北の児童を南小へ、
  5. 四條畷小に通う中野地区の一部児童を南小へ

と言うものであることが顕在化してきた。

適正規模を守るとの名目のもとに、児童をまるで将棋の駒の如く扱うものであった。

関係する地域の市民の声に押され、各小学校で「説明会」が行われたが、混乱が頂点に達したというのが周知の事実である。

保護者2名と地域の区長4名が来訪された時の内容

主な論点

l  畑中区長

  1. 東小を廃止することには完全に反対しているわけではない。
  2. 南小へとなれば、遠距離通学になる子供のこと、踏切のこと、狭隘な通学路のことなどから、四條畷小へ編入するのは出来ないのか。
  3. ただ、今回、降ってわいたような議論で、やすやすと大切な子供を危険な目に合わせるわけに行かないので、当面凍結して欲しい。

l  保護者

  1. 東小を残して欲しいのが一番。
  2. しかし最も反対する理由は通学路の安全性などについて全く議論調査がされていないうちに、なぜ拙速に南小への統合をうちだしたのか納得できない。

以上のことから、住民が最も反発したのは、統廃合が市民にとって突然吹きあがった嵐のようなもので、教育委員会、しいては田中市長らが市民不在のまま独断専行しようとしていることがわかる。

私が地元の保護者や区長さんからの陳情を受け感じたのは、

  1. やはり行政側の説明不足、短兵急に統廃合を進めようとする姿勢は、到底市民に受け入れられる筈もないこと、
  2. また当初の「教育環境の整備」の為の統廃合・適正配置が、このようなやり方では市民の教育委員会しいては田中市政に対する信頼感をも破壊することになると危惧するに至ったのである。

議会の議決について

私にとっても、役所が「審議会」を隠れ蓑にして、市民不在で強引に計画を押し通そうとするのをまじかに見るのは初めてであった。

また、関連地区と選挙地盤が違う地域の議員は関心が薄かったように思う。

いずれにしても、「審議会」で充分に議論して頂いてそれから庁内で充分検討する、というのは教委の甘い囁き(いわゆるアリバイ作り)で、実態は「東小廃止・玉突きで子どもを適正(数)配置する」というのが本音であることが見えて来たのである。

しかし、私も与党各会派所属議員も、議会が定めた条例に基づく審議会を尊重しなければならないとの立場を取ったことは、教育の中立性をも鑑みて至極正当なことであったと考える。

また、統廃合には条例改正が不可欠であり、当然議会案件であることからも、審議会の答申がどう出ようとも、答申後に議会に於いて徹底して議論するべきであるとの考えも一致していたと考える。

しかるに、昨年4月頃から、市民の間でこの問題への反発が広がる中、一部議員が説明会等で教委の職員をつるし上げ、大声で恫喝するなどの事案が起こった。東小では、小学生を午後10時過ぎまで修羅場に晒し、土井議員などは「このままでは誰も帰りませんよ」と、子供を人質に取るがごとき軽率な言を弄するに至ったのである。

このまま一部議員のパフォーマンスを許し続ければ、市民の不安を徒に煽り、議会の権威をも損ない、結果として行政も更に強硬になって、市民の願うことが叶わなくなると確信するに至った。

そこで、議員有志と会合を重ね、もう一度、教育の原点に立ち返ってこの問題を充分に時間を掛け検討する為に、今回の学校規模適正化基本方針の実質凍結・熟慮再考を求める決議を6月議会に上程する事となったものである。

 

繰り返すが、本来、教育行政は高い中立性が求められる、よって今回も条例に基づき設置される審議会の諮問を待つというのが基本であった。

しかし、教委の真のもくろみが、審議会の答申を錦の御旗(又は隠れ蓑)にして全てを進めようとしていることが明らかになって来た。

審議会委員の任命も、無難な人選を行ったものと考えるが、特に強硬反対の畑中区長を審議会委員に入れたことは教委にとって誤算だったと思う。

繰り返すが、学校の統廃合は条例改正を伴うものであり、このまま進んだ場合、与党議員として市提案の条例に反対する事は市長不信任と見なされる以上、非常に難しい立場に追い込まれることになりかねない。

そこで、議会案件であることを逆手にとって、今回の議決を求めたものである。

私はこの議決がなされたことを、本市議会史上初の画期的快挙であると自負するものである。何となれば、与党議員と言えども、明らかに市民不在で進めようとする重大事案には堂々と舵の修正を求めることが為されたからである。

一方で、市民の不安を煽り、職員をつるし上げ恫喝した一部議員の行動は、政治家倫理のかけらもない、無責任な市民迎合の典型であったと断罪できる。

その後

先ほど述べたように、昨年初当選の私としては、このような大事な問題が突然振って湧いたように私も含めて市民が感じたこと、議会案件であるにも関わらず行政が進めるプロセスに議会があまりにも関与しなさすぎたことなど、初めての経験として、重大な反省も兼ねて、その後、この問題について議会の関与を調べることにした。

冒頭に書いたように、計5名の議員がこの問題を取り上げて議論して来たことが議事録の調査でわかったのである。

驚いたことに、この中に、正しく東小学校校区を主な地盤とする土井議員の名前が出てこないのである。

それどころか、平成20年11月の決算特別委員会で今後の方向性を述べた教育長の重大答弁、このときの委員長が土井議員であり、後日12月議会で委員長報告としてその時の議論を本会議場で報告しているのである。

それ以降の定例会で、当該地区に最も深い関係を持つ議員として市の考えを質したことが見当たらない。

このことは、説明会での彼の行動と併せて強く指摘しておかねばならないものである。

官民協働という視点から

確かに、今回の意見書の採決は、教育委員会の方々や、審議会の方々にも、ご苦労をお掛けしたことは事実である。それ以上に、住民の理解を得がたい状況であったことは、記述のとおりである。しかし、行政の対応にしても、大きな落ち度があったとは思っていない。非常に責任感を持って、この事態に対応されていたと思っている。その証拠に、教育部長が議会中に卒倒するという事まで起きたのである。これは、誠に責任感の強さ故のことであり、心から敬意を表したいと思う。

では、なぜこのような事態に陥ってしまったのであろうか。

官民協働という視点から、考察してみたい。

官民協働とは、多くの場合、官民パートナーシップ(PPP public private partnership)のことを指す。これは、小泉内閣時代に「日本版PPPの実現に向けて」という表題で経済産業省がまとめた報告が基本的な考え方となっており、行政改革、行政の効率化という文脈で、多く出現する言葉である。「民間でできることは民間へ」というスローガンのもとに、公共サービスが数多く民営化される根拠ともなった。中でも、官の行う公共サービスに民間と同じように、業績評価、コストバランスなど民間では当たり前のように行われている評価基準を持ち込んだことは、画期的なことであった。

田中市政においても、「民間活力の導入」という基本的な考えのもとで、四條畷市財政の改善を行い、多くの成果を上げたことは、周知のとおりである。

この流れから行くと、今回の教育委員会の計画策定の過程で、行財政改革の一環として、学校運営の効率化という大義名分のもとに、なんとしても推進しなければいけないという考えが強くあったのではないかと推測するのである。

いつの間にか、「行政の合理化」が、錦の御旗になってしまったのではないかという危惧である。それ故に、強引とも思える手法が、教育委員会からすれば、使命感に近い感覚に陥ってしまったのではないだろうか。

PPPにしても、なんのための改革かという目的観を失ってしまっては、本末転倒ということになる。学校規模適正化は、誰のための改革か。言わずもがな、児童生徒のための改革である。

官民協働という概念が、行政の合理化、公共サービスの民営化という面だけが、強調されてきた結果として、極論すれば、「合理化のためには多少強引であっても良い」というような、倒錯が起きたのではないかと、私なりに分析する次第である。

官民協働とは、2つの概念があると考えられている。一つ目は、先に述べた、日本版PPPに代表される「合理的な事業遂行のための協働」である。もう一つは、「過程を大事にする対等型の協働」である。これは、地域住民を主体とした、当事者参加という視点から、「協働」を捉えた立場である。言うなれば、プロセス重視型、住民主導型、行政参加型とも言える概念かもしれない。計画策定のプロセスから、住民が主導的立場で進めていき、行政側は、専門職として適切な助言を行うというような、単なる住民参加ではなく、「住民主導・行政参加型」の計画立案過程で有ったならば、今回のような混乱は起きなかったのである。

このようなことを行政の現場で定着させるためには、相当に高いハードルを超えなければならない。住民の意識も変わらなければならない。行政の意識改革は絶対に必要であるし、職員の能力も、今までに求められなかった能力を求められるようになるだろう。しかし、それ以上に、このような意識改革を通じて、行政と地域とのかかわり合いが確実に変化するだろうという期待は大きいのである。行政と住民の欲求の乖離が問題視される現在に於いて、このような意識改革と並行して、行政手法の確実な変化こそ、真の市政改革につながるものと思うのである。最後に、このような改革の中にあって、市会議員の能力、意識、識見というものが、いかに大事であるかということも痛感する次第である。

この点については、別稿で論じたいと思うが、ともかく、今回の一連の流れの中で、住民主導型の官民協働という意識改革は確実に始まったと実感できたし、そのような行政手法を、真剣に検討する段階に入ったということが、最も大きな教訓ではなかったか。ということである。

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